33.朗読者 ベルンハルト・シュリンク

愛を読む人という映画を観て原作に興味を持った。

 

主人公ミヒャエルは15歳の時、黄疸にかかり道で嘔吐してるところを21歳上のハンナに助けられる。それをきっかけに二人は恋に落ちるがある日ハンナは彼の元から姿を消してしまう。

時が経ちミヒャエルは法学生として強制収容所に関する裁判を聴講する。そこには被告人としてのハンナがいた。

 

 

映画を観た時、最初のあまりに甘い恋の様子とあまりに異なる裁判の内容に衝撃を受けた。

ハンナは裁判でうまく立ち回れず、他の看守からリーダーに仕立て上げられてしまう。ハンナは反論したが、筆跡鑑定を行うと告げられるとリーダーであると嘘をついてしまう。

ハンナは文字の読み書きができなかったのだ。それが周りに知られることを彼女がどれだけ恥ずかしく思っていたか。

こうして他の看守よりはるかに罪が重い無期懲役を言い渡される。

ミヒャエルはそんな彼女のもとに昔のように朗読したテープを送る。ハンナはそれをもとに読み書きを覚えるのだった。

 

ミヒャエルは15歳の時の甘美な想い出をどうしても忘れられないでいる。そこからハンナと関わることはいくらでもできたはずだ。例えば彼女に嘘をつかないで文盲であることを認めた方がいい、そうでないと重罪になると言うこともできた。例えば刑務所で暮らす彼女を訪ねて話をすることもできた。でも彼はしなかった。ただ朗読テープを送っただけだ。しかも昔に読んだことがある本を先に朗読してテープにした。そのことからも彼がその想い出に強い執着があり、そこから先に進むことを望まない意思がみえる。

でもどうして彼を責めることができただろうか。

この話には年代も大きく関わってくる。ミヒャエルは戦争を知らない世代である。しかし親世代は何かしらでナチスドイツと関わっている。看守だった人、ユダヤ人を迫害していた人、傍観していた人。

しかし親世代は戦後自分達が何も罪がないように振る舞った。その子供世代であるミヒャエル達は何もしていないのに、外国に旅行に行けばドイツ人というだけで非難される。親世代が背負わなかった罪は国全体の罪になる。

子供世代ではそれに対して親世代に反抗する学生運動などが盛んであったが、ミヒャエルは親世代だけが悪いと思う子供世代からも一線をひいている。

そんなミヒャエルが、自分の愛した人が強制収容所の看守だと知った時にどれだけ衝撃を受けたかは計り知れない。彼はこれ以上その想い出が傷つかないように蓋をし、自らもその中から出てこなくなったとしても不思議はない気がする。

これが彼女が突然自分の前から姿を消して二度と会えなかったという話であったら彼がこんなに想い出にすがることもなかった気がする。もしかしたら忘れてしまってたかもしれない。

 

ハンナはミヒャエルの朗読テープで文字を読み書きできるようになり、強制収容所に関する本を読み漁った。そして自分の罪の重さを知った。また出所する直前に面会に来たミヒャエルにすげなくされたことで、自殺してしまう。

 

最後まで少し悲しい話だったけど、ドイツ人の視点からナチスドイツをどう捉えていたかを少しでも知ることができてよかったと思った。