6.私の男 桜庭一樹

久しぶりの更新だ。ここのところ仕事が忙しい。今会社のビッグプロジェクトに携わってる。自分の仕事が何百万何千万も動かすことになるのは、まだ実感がわかない。とりあえず覚えることとやることが多すぎて、過去のことを思い出す機会が少なくなり、どんどん昔のことを忘れてる気がする。自分が大切にしてきたものが薄れていく感覚は怖いし不安定だ。だから今は成長の過程で、過去は一時的に凍結されてると思うことにしている。また余裕が出てきて過去を思い出せることになったら、その時大切なものだけ汲み取ればいい。そんな風に考えてる。

 

久しぶりの更新だけど、相変わらず本は読みまくってる。今回は桜庭一樹の私の男である。直木賞受賞作品で、何回も何回も読み返すほど好きなものである。

 

私、腐野花は明日結婚する。全ては私の男、養父である腐野淳悟から、目を覆いたくなる暗い過去から逃れるために。そして二人で生きていくために。

 

最初私の男の描写から始まる。傘を盗む盗人なのに落ちぶれた貴族のように優雅な男。姿勢がよく若く見えるのに傷んでいる男。

そして婚約者が出てくる。私の男と婚約者が別物なことに、ん?と思う。

小説はどんどん過去に遡っていく形式になっている。

1章は花が結婚する話

2章は花と婚約者が出会った頃の話

3章は花と淳悟が東京に引っ越してきた頃の話

4章は花と淳悟が故郷の北海道紋別市を離れる頃の話

5章は淳悟の元恋人の話

6章は花が震災に会い家族を亡くし、淳悟に引き取られた話

 

場所も時代も語り部の人も変わっていく。それなのにいつどこにいようと、何をしようとも二人は常にお互いのことしか見ていない。どす黒くて甘い二人の世界。どの人の視点から書かれても二人のグロテスクさは変わらない。むしろ多様な視点が加わったことにより、よりグロテスクさに立体感が増すようだ。

 

この本の中に「チェインギャング」という絵の話が出てくる。二本の木がお互い近づきすぎたあまり、絡まり、もたれ合い、どちらがどちらのものかわからない様になっても、それでも貪欲に枝を伸ばしていくというものだ。花の婚約者、美郎の元恋人はこの絵を思い出しながら「この絵を見て憧れたの。あんな風に誰かとお互いよりかかって、ずっと一緒に、どうしようもない生き方がしたいって。」と語る。これ女性だったらわかるって思う人多い気がする。ちゃんと生活して、仕事して、真っ当な人と結婚して子どもを育てて幸せに暮らす。それが正しいあり方のように思える。そうありたいと思う。その一方で、誰かとグズグズに絡まりあって離れたくても離れられなくて、お互いがお互いしかいなくて、そんな関係にも怖いけど憧れるなって思う。そしてそんな関係にはなりたくてもなれない。

 

この本を読むと暗い感情が蠢く。でもどこか惹かれるものがある。

 

北海道紋別市の描写も素晴らしい。確か作者はこの本を書くために、長い間紋別市に居を構えてたと聞いた気がする。そのためか、季節に伴う海の描写がとても良い。読んでいると、北の大地の凍てつくような寒さ、荒ぶれた気持ち、流氷の立てる音、そんな情景が一気に浮かんできてあーわかるわかるこんな感じだってなる。本当は一回も流氷なんか見たことないのに、自分がその場でそれを見て、肌で感じたような気持ちになる。

 

私は本を読むのが好きだけど、同じ本を年月をかけて繰り返し読む方を好む。歳を重ねると同じ本を読んでるのに見方が変わってくるのが面白い。読んだ本が記憶の中で過去の経験と混ざり合い、体験したことがないのに体験したように感じる。現実とフィクションの入り混じった感じが好きだ。

私は周りから現実的だとか論理的だと言われることが多いけど、本当は誰よりも自分と外界から影響を受けたものとの境が曖昧なんではないかと思う時がある。そしてその曖昧さ、自分や限られた周囲の環境から成る現実をぼやかすこと、そんなことが好きなんじゃないかと思う。辛いことがあるとすぐに本に逃避するのよくないけどね。それで生きてこられたってのもある。

 

雨がずっと降っている。外に出なければ雨に降り込められる感じは嫌いではない。落ち着く。雨の音を聞きながら眠りにつくとする。